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横浜地方裁判所 平成7年(ワ)2524号 判決 1996年2月26日

原告

国広電設有限会社

被告

板垣勝徳

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告は原告に対し、金五一二万五〇〇〇円を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

主文と同旨

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  交通事故の発生

1 日時 平成六年五月二四日午後七時三〇分頃

2 場所 横浜市神奈川区菅田町四八八、駐車場内

3 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(横浜七七ほ九五六)

4 事故の態様と結果 前記2の場所において、原告代表者代表取締役國廣賢治(以下、國廣という)が軽四輪貨物自動車(以下、被害者両という)を停車して同車から降りようとしたところ、バツクしてきた加害者両が被害者両の左後方に衝突し、國廣は頸椎捻挫等の障害を受けた。

二  責任原因

前項の事故は、被告がバツクして走行するにあたり、後方に対する安全を確認する義務があるのにこれを怠り、加害者両をして被害者両に衝突させた過失があるので、被告は民法七〇九条に基づき後記損害を賠償する責任を負う。

三  原告の損害

1 原告は役員二名、従業員一名の会社であり、原告の活動の中心は國廣である。國廣は、本件事故により平成六年八月三日まで治療を要した。そのため、原告は得意先に多大の迷惑をかけたうえ、約二か月の療養による損害は原告の業績を著しく減少させた。

2 原告は、右業績の減少により、前年度の売上高(金三〇七五万円)の二か月分(金五一二万五〇〇〇円)の損害を被つた。

四  よつて、原告は被告に対し、本件交通事故に基づく損害の賠償として金五一二万五〇〇〇円の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因第一、第二項は認める。

二  同第三項は否認する。

(被告の主張及び抗弁)

一  原告は國廣の営業が法人成りしたものであり、國廣の休業損害と原告の逸失利益は等価である。被告は國廣との間において、本件事故にもとづく慰謝料、治療費及び休業損害の賠償として被告が國廣に対し金一二一万円を支払う旨の調停が平成六年八月二四日、神奈川簡易裁判所において成立した。これによつて、原告の逸失利益についての損害は填補された。したがつて、本訴請求は同一紛争の蒸し返しであるから理由がない。

二  原告は前年売上けの二か月分を損害として請求しているが、右損害は売上げではなく利益の減少分でなされるべきである。原告の前年の経常損益は赤字であるから、そもそも原告には逸失利益は存しない。

(被告の主張及び抗弁に対する答弁)

一  被告が主張する調停が成立したことは認めるが、その余はいずれも否認する。

二  本件は法人の損害賠償請求であり、解決済みの個人補償とは異なるから二重請求ではない。

三  赤字の増加は、利益の減少そのものである。

第三証拠関係

本件記録中の書類目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因第一、第二項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件損害について検討する。

1  本件は、交通事故によつて負傷した企業の代表者が、加害者に対し企業に生じた損害の賠償を求める事案であるが、いわゆる企業損害は加害行為と間接的な関係に立つ損害であるから、右代表者と原告との間に経済的に同一体の関係が成立する等特段の事情が存しない限り、相当因果関係ある損害とは認められない。

2  そこで、右のような特段の事情が存するか否かにつき検討するに、前記争いのない事実、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、國廣は原告の代表取締役であり、國廣の妻が原告の取締役であり、他に従業員はおらず、國廣の自宅が原告の事務所となつており、妻が電話番をし、國廣が下請けを使つて営業してきたことが認められ、右の原告の実態に鑑みると、原告は法人とは名ばかりの國廣の個人会社であつて、國廣と原告とが経済的に同一体をなす関係にあるとみることができる。そうすると、本件の場合には前記の特段の事情が存し、原告は企業損害の賠償を請求することができる。

三  ところが、被告と國廣の間において、本件事故にもとづく國廣の治療費、慰謝料の外、休業損害を含む損害の賠償について調停が成立したことは前記のとおり当事者間に争いがない。

いわゆる企業損害が認められるのは、前記で認定したように、原告の代表者である國廣と原告とが経済的に同一体の関係にあり、國廣の営利活動面における損害が形式上法人である原告の損害となる関係にあるためであるから、右損害賠償請求は、代表者個人である國廣又は法人である原告のいずれからでも行使することが可能である。仮に國廣が請求し、填補を受けた場合には、原則として原告の損害についても填補を受けたものとして、原告が重ねて右損害の賠償を請求することができないというべきである。

成立に争いのない甲第六号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、國廣は企業主個人として神奈川県簡易裁判所に調停を申し立てたこと、そして被告との間において、國廣の治療費、慰謝料の外、休業損害についても被告が支払う旨の調停が成立したこと(國廣と被告間において右簡易裁判所において調停が成立したことは当事者間に争いがない)が認められ、右事実によれば、國廣は企業主として治療費、慰謝料の外、原告のいわゆる企業損害についても被告から右調停において填補を受ける合意が成立したものと認められる。

原告は、この点に関し、國廣個人の損害については右調停により解決済みであるが、原告の企業損害については未解決であると主張する。しかし、右調停は、前に認定したとおり個人の損害はもちろん、原告のいわゆる企業損害についてもこれを賠償することを内容とするものであるから、原告の右主張は理由がなく、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

以上の事実によると、國廣は本訴で請求する原告の損害については、既に請求権を行使して被告から支払いを受けたものであるから、原告の請求は、損害の点につき判断するまでもなく理由がない。

四  よつて、原告の本訴請求は、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 日野忠和)

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